ある休日の昼下がり、ふとスマホを開いて連絡先を眺めていた。
仕事関係の名前が並ぶなか、「気軽に連絡できる人」を探してみたら、正直なところ出てこなかった。昔は会社帰りに飲みに行く仲間がいたし、週末にどこかへ出かけることもあったのに。50代に入ってから、いつの間にかそういう人間関係が薄くなっていた。
寂しい、というより、驚いた。「気づいたら友達がほぼいなかった」という状況に、自分でも驚いてしまった。
そしてもうひとつ、頭をよぎったことがある。——このまま定年を迎えたら、仕事以外で話す人間が誰もいなくなるんじゃないか、と。
今回はそういう話を書こうと思う。お金や老後の話と同じくらい、50代の「人間関係の貧困」は見て見ぬふりができない問題だと感じているから。
50代で「友達、いないな」と気づいた瞬間
飲み会の誘いが来なくなった、あの頃から
思い返してみると、友達との交流が減り始めたのは40代後半あたりからだった気がする。
職場の同期はそれぞれ忙しくなり、昇進したり転勤したり、親の介護が始まったりで、「来週飲もうぜ」が言えなくなってきた。子どもの受験が重なった時期はお互い身動きが取れず、自然と連絡が途絶えた。
「たまには連絡しようかな」と思いつつも、久しぶりすぎて何を話せばいいかわからない気まずさもある。そういうことが積み重なって、いつのまにか疎遠になってしまった友人が何人かいる。悪いことをしたわけでも、喧嘩したわけでもないのに、なんとなく消えていった関係というのが、50代には意外と多い。
定年後のことを考えたら、急に怖くなった 😟
友達がいないこと自体は、日常生活ではそれほど困らない。妻がいるし、職場では普通に話している。
でも、「定年後」を想像したとき、急に話が変わってくる。仕事がなくなったら、毎日誰と話すんだろう。趣味もない、友達もいない、老後の時間が急に怖くなった——そんな感覚を覚えたのが、この問題を真剣に考え始めたきっかけだった。
老後のお金は何とかしようとNISAを始めたり家計を見直したりしてきたけれど、お金があっても話し相手がいない老後って、果たして豊かと言えるのだろうか。そういう問いが、頭の片隅にずっとある。
なぜ50代は友達が減るのか——意外と知らない3つの理由
「仕事=人間関係」だった人が陥る落とし穴
振り返ってみると、自分の人間関係のほとんどは「仕事を通じて生まれた関係」だったと思う。
学生時代の友人とは卒業後に疎遠になり、社会人になってからは職場の人間関係が中心になった。つまり、仕事がなくなれば一緒に消えてしまうような繋がりばかりで、仕事と切り離した「純粋な友達」というのがそもそも少なかった、ということに50代で気づく。
これは男性に多いパターンらしいのだが、言われてみると確かにそうだ。仕事抜きで付き合える人間関係を、社会人になってから積極的に作ってこなかった。
環境が変わると人は自然に離れていく
友達が減る理由のひとつは、ライフステージの変化だ。50代は人によって状況がずいぶん違う。子どもが独立した人もいれば、まだ手がかかる人もいる。介護が始まった人もいれば、転勤や転職で生活が変わった人もいる。
若い頃は「同じ学校・同じ職場」という共通の環境があったから、自然に人と繋がれた。でも50代になると、その「共通の場」が仕事しかない人も多い。共通の話題や価値観が合わなくなっていく中で、関係が維持できなくなっていくのは、ある意味自然なことかもしれない。
男性の約40%が「友達ゼロ」というデータが示すもの
これはちょっと衝撃的な数字なのだが、調査によると50代男性の約40%近くが「親しい友人がいない」と回答しているらしい。女性でも、友達が減ったと感じる人は6割を超える。
つまり、「友達がいない」と感じているのは自分だけではない。まわりもみんな、意外と似たような状況だったりする。ただ、お互いそれを言い出さないから、孤立しているのは自分だけのような気がしてしまう——そういう構造が問題をさらに深くしている気がする。
「友達を作ろう」と頑張ってみたけれど……
ジムに通い始めたが、話しかけられなかった話
去年の春、このままではまずいと思ってジムに入会した。「運動もできて、人とも繋がれる」と思ったのだが、現実はなかなか厳しかった。
みんなイヤホンをして黙々とトレーニングしている。話しかけようとしても、タイミングがわからない。ロッカールームで会釈する程度の関係が半年続いた。友達ができなかったというより、そもそも話しかける勇気が出なかった、という方が正直なところだ。(苦笑)
「大人になってから友達を作るのって、こんなに難しかったっけ」と思った。子どもの頃は隣に座ったら自然と仲良くなれたのに、50代だとそれができない。なんとなく壁を作ってしまう自分がいる。
SNSで繋がってみたけど、なんか違う感覚 📱
その後、Xで同世代の人のアカウントをフォローし始めてみた。「50代」「老後資金」「NISA」あたりのキーワードで、似たようなことを発信している人を探して。
共感できる投稿には「いいね」を押して、たまにリプライを送ることもある。それなりに反応してもらえることもある。でも正直、「友達ができた」という感じはしない。なんというか、温度感が違うというか。スクリーンの向こうに人がいることはわかっているのだけれど、「この人と一緒に飲みたい」とはなかなか思えなかった。
悪くはない。でも、何かが足りない。
「友達がいない=孤独な老後」は本当か?
孤独が体に与えるリスク——軽視できない研究結果
ここで少し、真剣な話をさせてほしい。
実は、孤独は健康に対して喫煙並みのリスクがあるという研究が複数出ている。ブリガム・ヤング大学の研究では、社会的なつながりが薄い人は死亡リスクが最大26%高まるというデータもある。
老後のお金を心配するように、老後の「繋がり」も真剣に考えた方がいいのかもしれない。認知症の予防にも、社会的なつながりが重要だという話は、最近よく目にするようになった。
「友達がいなくても平気」と思っていても、年を重ねるにつれてそのリスクは静かに積み上がっていくのかもしれない。
「友達」じゃなくてもいい、別の繋がりの話
ただ、だからといって「急いで友達を作らなければ」と焦る必要もないとも思っている。
考えてみれば、「友達」じゃなくても繋がりの形はいくつかある。たとえば、毎週顔を合わせる近所の人。定期的に話す職場の後輩。趣味の場で会話する顔見知り。そういう「薄い繋がり」が、案外老後の孤立を防いでくれるという話もある。
深い友情でなくていい。ちょっとした挨拶ができる相手、気軽に話せる場所——そういうものを少しずつ増やしていくことが、50代の現実的なアプローチなのかもしれない。
今の自分なりの、ゆるい繋がりの作り方
「話せる人」を1人だけ増やすという小さな目標 🌱
「友達を増やそう」と思うと途端に重くなる。だから今は、もっとハードルを下げている。
目標は「1人だけ話せる人を増やす」。それだけ。「友達になろう」ではなく、「顔を覚えてもらう」「名前を呼べる関係になる」くらいのイメージ。ジムで話しかけられなかった反省を踏まえて、今は地域の清掃活動に顔を出すようにした。毎月1回なので負担も少ないし、「お疲れ様でした」の一言が自然に出てくる場がある。友達になったわけじゃないけど、顔なじみにはなってきた。
小さいことかもしれないが、これでいいと思っている。焦って「友達を作ろう」と力んでいたころより、気持ちが楽だ。
お金や老後を語れる場に飛び込んでみた話
あとは、このブログを書き始めてから、似たようなことを考えている人と繋がれる機会が少し増えた気がする。
老後のお金の不安、50代になっての体力の変化、働き方の悩み——そういうテーマで発信し続けていると、「自分もそう思ってました」という反応が返ってくることがある。顔も名前も知らないけれど、同じ悩みを持っている人がいると知るだけで、少し救われる気持ちになる。
オンラインだから薄い繋がりには違いないけど、「まったくゼロ」よりはずいぶんいい。
まとめ——「寂しい」を認めることから始めていい
50代で友達がいないことは、恥ずかしいことでも、特別なことでもない。でも、「まあいいか」と放置しすぎるのも、長い目で見ると少しリスクがある。
そのあいだにある、「寂しいと感じている自分を、まず認める」というステップが、意外と大事なんじゃないかと思っている。
「寂しくない」と強がることも、「友達を増やさなきゃ」と焦ることも、どちらも自分の気持ちから少し離れてしまう。まず「あ、寂しいな」と思ったことを、そのままにしておく。そこから、少しずつ動いていけばいい。
友達が100人いなくていい。話せる人が2〜3人いれば、老後はずいぶん変わる気がする。自分もまだその途中なので、偉そうなことは言えないけれど。
次回は「50代から始める趣味の探し方——お金をかけずに新しい世界に入るコツ」について書こうと思います。


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