人はなぜ働くのか。答えのない問いの迷路で、一緒に立ち止まってみませんか?

人間関係とこころ

月曜日の朝、駅のホームで電車を待っているとき。あるいは、残業帰りのコンビニで適当な夕飯を選んでいるとき。ふと、心の中に「私、一体何のためにこんなことしてるんだろう?」という言葉が浮かんできて、消せなくなったことはありませんか。

かつての私は、この問いに飲み込まれそうになっていました。周りの大人は「生活のためだ」「社会人としての義務だ」と口を揃えます。でも、その言葉はどこか冷たく、私の空っぽになった心には1ミリも響きませんでした。

今日は、そんな「働く意味の迷路」に迷い込んでいるあなたと一緒に、正解のない旅をしてみたいと思います。無理に答えを出そうとせず、少しだけ肩の力を抜いて読んでみてください。


どうして私たちは「働く理由」に悩んでしまうのでしょう

そもそも、昔の人たちは今ほど「なぜ働くのか」なんて悩まなかったのかもしれません。食べるために耕し、生きるために建てる。目的と行動が直結していたからです。

でも現代は、あまりにも複雑です。パソコンの前で数字を動かしたり、誰かの機嫌を伺いながら資料を作ったり。自分の仕事が誰の、何の役に立っているのかが見えにくい「仕組み」の中に私たちはいます。

選択肢が多すぎるという贅沢な苦しみ

今の時代、働き方も生き方も自由だと言われます。でも、自由であることは、同時に「自分で意味を決めなければならない」という重荷でもあります。

「自分らしい働き方」や「キラキラしたキャリア」という言葉がSNSに溢れ、それらと自分を比べては「私の働き方はこれでいいのかな」と不安になる。社会背景として、私たちは「意味」を求められすぎているのかもしれません(笑)。


世の中でよく聞く「3つの正解」について思うこと

検索窓にキーワードを打ち込めば、だいたい次のような答えが返ってきます。

  • お金のため: 生活の基盤を作る。
  • 社会貢献のため: 誰かの役に立ち、居場所を作る。
  • 自己実現のため: 自分の能力を磨き、夢を叶える。

たしかに、どれも正解です。でも、当時の私はこう思っていました。「お金のためだけにしては、失っている時間が多すぎるし、かといって社会貢献なんて立派なことを考えられるほど心に余裕がない……」と。

自己実現にしても、そもそも「実現したい自分」が特になかった私にとって、それは高いハードルでしかありませんでした。今の私から見れば、当時の私は「正解」の型に自分を無理やり当てはめようとして、勝手に苦しくなっていただけだったなと感じます。


私が「働くこと」に絶望していた頃の話

20代の半ば、私はまさにこの問いの泥沼にハマっていました。毎朝、アラームが鳴るたびに「あと何十年、これを繰り返すのか」と絶望に近い気持ちで天井を見つめていたんです。

当時の私の日記には、「労働=人生の切り売り」という暗い言葉が並んでいました(笑)。とにかく、働いている時間は「自分ではない誰か」を演じているような感覚。会社を一歩出た瞬間に、ようやく自分の人生が始まるのだと本気で信じていました。

少しだけ視点が変わったきっかけ

ある日、仕事でミスをして落ち込んでいたとき、取引先のおじさんが「まあ、仕事なんて暇つぶしだよ」と笑って言ったんです。不謹慎かもしれませんが、その言葉に私は救われました。

「人生という長い長い暇な時間を、どうにかして埋めるための手段」。そう考えると、なんだか急に仕事が「重い義務」から「ちょっとした暇つぶしのアトラクション」のように見えてきたのです。

もちろん、今でも「働きたくないなあ」と思う日はあります。でも、今の私は「完璧な理由」を求めていません。


「働く理由」を整理するための、いくつかの材料

答えは一つではありません。いくつか、あなたの心を軽くするかもしれない視点を置いておきますね。

1. 「ライスワーク」と「ライフワーク」を分ける

食べるための仕事(ライスワーク)と、自分の情熱を注ぐ活動(ライフワーク)を完全に分けて考える方法です。仕事に意味を求めず、「週末の趣味を楽しむための資金調達」と割り切る。これだけで、心がスッと軽くなることがあります。

2. 「つながり」の最小単位を見つける

大きな社会貢献ではなく、「隣の席の人が自分の作った資料で少し助かった」くらいの小さなつながり。それだけで、私たちの存在意義は案外満たされるものです。

3. 時間の「質」を変える装置

もし全く働かなくてよくなって、365日24時間が完全に自由になったら。最初の数ヶ月は最高かもしれませんが、やがて「社会との接点がない不安」や「変化のない毎日の退屈」に襲われるかもしれません。仕事は、人生に強制的にリズムと変化を与える「装置」だと捉えてみるのはどうでしょうか。


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答えは、グラデーションのままでいい

「人はなぜ働くのか」という問いに対して、今の私が言えるのは「その時々で理由が変わってもいい」ということです。

20代のときは、ただ生き残るため。 30代のときは、自分の力を試すため。 40代になったら、また別の理由が見つかるかもしれません。

今は「意味がわからない」ままでも、毎日をやり過ごしている自分を、まずは認めてあげてほしいのです。それだけで、あなたは十分に立派に「生きている」のですから。

さて、少しだけ私の話をさせていただきましたが、最後にあなたに聞いてみたいことがあります。

「もし、明日から一円も稼ぐ必要がなくなったとしたら、あなたは毎日をどう過ごしますか?」

その答えの中に、もしかしたらあなたが本当に大切にしたい「働くこと、生きること」のヒントが隠れているかもしれません。

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