はじめに:介護は「ある朝突然」やってくる
「うちの親はまだ元気だから、介護の話はもう少し先でいいかな」
——そう思っていたのに、54歳の秋、母から早朝に電話がかかってきました。「お父さんが倒れた」と。脳梗塞でした。
救急車を呼んで病院に駆けつけて、幸い命に別状はなかったのですが、退院後は左半身に麻痺が残ることになりました。「介護」という言葉が、その日から急に身近なものになったんです。
あの日、私が一番困ったのはお金のことでした。「介護費用ってどのくらいかかるんだろう」「親の貯金はいくらあるんだろう」「介護保険って何が使えるの?」——何もわからない状態で、パジャマ姿のまま病院のソファに座っていた記憶があります。
この記事は、「まだ先の話かな」と思っている方に、今のうちに知っておいてほしいことを書きました。準備ができている人と、そうでない人では、いざというときの余裕が全然違います。
介護費用のリアル|「平均500万円」の内訳を知る
「介護にはいくらかかるのか」——まずここから整理しましょう。
生命保険文化センターの2024年度調査によると、介護にかかる費用の平均総額は約540万円です。内訳はこうなります:
| 費用の種類 | 平均額 |
|---|---|
| 一時的にかかる費用(住宅改修・介護ベッド等) | 約47〜74万円 |
| 月々の介護費用 | 約8.3〜9万円 |
| 介護期間の平均 | 約55ヶ月(4年7ヶ月) |
| 合計(目安) | 約500〜540万円 |
「500万円か、思ったより多いな」と感じた方も多いはずです。でも、もっと衝撃的なのが在宅介護か施設介護かによる差なんです。
在宅 vs 施設、月々の費用差は約2.5倍
在宅介護の場合、月々の費用は平均4.8万円。対して施設(老人ホームや特別養護老人ホームなど)に入居すると、平均12.2万円にはね上がります。
民間の有料老人ホームになると、月20〜30万円かかるケースもざらにあります。入居一時金が別途100〜500万円かかる施設もあって、私もこれを知ったときは「そんなにかかるの?」と声が出ました。
ただ、施設と在宅を単純に「高い・安い」で比べるのも実態に合わないんですよね。在宅介護は家族が担う負担(時間・体力・精神的消耗)が非常に大きく、そのコストは数字に出てこないだけで確かにある。どちらが「よい選択か」は、費用と家族の状況を総合して考えるしかないわけです。
「親のお金で賄うのが基本」——でも確認している人は少ない
介護費用は、原則として親自身の年金・貯金・資産でまかなうのが基本です。厚生労働省の調査でも、多くの世帯で被介護者本人か配偶者の収入・貯蓄が財源になっているとされています。
でも、「親の資産を把握している」という方は、実際にはかなり少ないんじゃないでしょうか。
私もそうでした。父が倒れて初めて、「お父さんの通帳どこにあるの?」と母に聞いたんです。母も「よくわからない」と言って、2人でタンスや引き出しを探しました。あの時間の焦り、今でも覚えています。
「認知症になると口座が凍結される」を知っていますか?
実は、親が認知症と診断されると、本人の銀行口座が凍結され、家族でも引き出せなくなるケースがあります。これは多くの方が見落としているリアルな落とし穴なんです。
「家族なんだから引き出せるでしょ」と思っていたのですが、金融機関は本人の意思確認ができない状態での引き出しに応じないケースが多い。急な介護費用が必要なのに、親のお金を動かせない——こういう状況が実際に起きています。
対策としては今のうちに取り組める手段が2つあります:
①家族信託——親(委託者)が元気なうちに、信頼できる家族(受託者)に財産管理を任せる契約を結んでおく仕組みです。親の判断能力が低下しても、受託者がお金を動かせます。
②任意後見制度——親本人が判断力のあるうちに「将来、判断力が低下したときに後見人を引き受けてくれる人」と契約しておく制度です。実際に効力が発生するのは家庭裁判所が認めたとき。
どちらも「いざとなってからでは遅い」ものなので、親が元気な今のうちに検討しておく価値があります。
今すぐ親と話しておきたい「4つの確認事項」
「お金の話を親にどう切り出せばいいか分からない」——これも多くの方が悩むことですよね。私も最初は怖くて切り出せませんでした。「縁起でもない」と思われるんじゃないか、と。
でも実際に話してみると、父も母も「そうね、話しておかないとね」と案外すんなりでした。むしろ子ども側が「まだ大丈夫でしょ」と先延ばしにしている場合が多いのかもしれません。
①どこに・いくら貯金があるか
銀行名・支店・口座番号を一覧にしてもらうのがベストです。金額は書かなくてもOK。「通帳がどこにあるか」だけでも把握しておきましょう。
②どんな保険に入っているか
医療保険・がん保険・生命保険の「保険会社名」「証券番号」だけでも確認を。請求しないともらえないのが保険の仕組みで、知らずに放置しているケースが驚くほど多いんです。
③在宅希望か、施設希望か
親が「家で死にたい」と思っているのか、「施設に入っても構わない」と思っているのか——これによって準備するお金の規模が全く変わります。費用的には施設の方が高くなりますが、家族の負担は在宅の方が大きい。事前に希望を聞いておくことで、いざというときに「親の意思」に沿った選択ができます。
④介護休業制度を会社で確認しておく
あまり知られていないのですが、会社員には「介護休業制度」があるんですよね。対象家族1人につき通算93日間、3回を上限として取得できます。さらに「介護短時間勤務」「介護休暇(年5日)」なども法律で定められています。
職場環境によっては使いにくい雰囲気があるかもしれませんが、制度として存在することは知っておきましょう。使えると分かっているだけで、精神的な余裕が違ってきます。
介護費用が「親のお金で足りない」ときに使える制度
万が一、親の年金・貯蓄だけでは介護費用が賄えなくなったとき、知っておくと助かる制度があります。
高額介護サービス費制度
介護保険の自己負担額(1〜3割)が、ひと月の上限額を超えた場合、超えた分が払い戻される制度です。たとえば、一般的な所得の方ならひと月の上限は44,400円。これを超えた分が戻ってきます。
「施設に月12万円かかっているから介護費用は月2〜3万円が自己負担」という試算は、この制度が適用されているケースが多いんですよね。
特別養護老人ホーム(特養)という選択肢
民間の有料老人ホームより大幅に費用が安いのが、公的な「特別養護老人ホーム(特養)」です。月々の費用は施設や所得によりますが、月5〜10万円前後で入居できるケースもあります。ただし要介護3以上が入居条件で、入居待ち期間が長いのが現実です(地域によっては数年待ちのことも)。「今の親の状態では申込できない」と思っていた方も、早めに状況を確認しておく価値はありますよ。
世帯分離という方法
同居している場合でも、住民票上の世帯を親と子で分けることを「世帯分離」といいます。これによって親の世帯所得が下がり、介護サービスの自己負担割合が減ることがあります。すべての家庭に当てはまるわけではないので、市区町村の窓口か地域包括支援センターで相談してみてください。
子どもの家計を守るために:「自分の老後と親の介護を両立する」視点
「親の介護費用を子どもが全部出す」という状況は、実は自分自身の老後を傷つけることにもなりかねません。焦る気持ちはわかりますが、まず冷静に考えてほしいことがあります。
親の介護費用は、基本的に親の資産でまかなうもの。子どもが全額負担する義務はありません。
冷たく聞こえるかもしれませんが、これはとても大事な考え方なんですよね。子どもが自分の老後資金を削って親の介護費を出していると、数年後に今度は自分が「子どもに迷惑をかける」という連鎖になりかねない。
子どもとして「できること・できないこと」の線引きを親や兄弟姉妹と早めに話し合っておくことが、長期的には親にとっても子にとっても良い結果につながります。
まとめ:「話しにくい」からこそ、今日動く
介護のお金準備で一番大切なことは、「親が元気なうちに動く」これに尽きます。
- 親の通帳・保険証券のありかを確認する
- 在宅希望か施設希望かを聞いておく
- 家族信託や任意後見制度を調べておく
- 会社の介護休業制度を確認しておく
全部やる必要はないです。今日、一つだけ。
私は父が倒れた後、「もっと早く話しておけばよかった」と何度思ったかわかりません。あの早朝の電話から、ずいぶん時間が経ちました。今は少し落ち着いて、「あのときより準備ができている」と思えています。
親の介護が現実になりつつある今この瞬間が、動き始める一番いいタイミングです。


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